story
case1. 主神ゼウト
「我は原始12神の一人、生命を司りし神、全ての神を統べる主神ゼウトである」
「さぁ、我を崇め奉り、我の前に跪くがよい」
さて、突然だが冒頭でやたらと偉そうな台詞を吐いた神は俺のことだ。
別に神様だからって崇め奉れとか跪けとかそんなことは思っていない。
むしろしなくて結構だ。俺はそんな凄い存在じゃない。
だが大抵の存在は最初の台詞で合掌したり、地べたにデコをぶつけたりとまぁ、あれだ。
毎回申し訳なく思うのだ。
主神だからって偉いわけでもなんでもないし、全ての神を統べるとかいってるけど実際は統べてないのだ。
皆自分勝手に行動してるし、やりたいようにしてるし、俺が何か言ったって大抵無視されるのがオチだ。
こんな頼りない俺でも、皆は俺を崇めてくれるからこそ、罪悪感が湧き出るのだ。
役立たずの神で本当に申し訳ない…!!!
胃がきりきりする。この調子ならいつか倒れそうだ。不調で。
そんな俺の中の悩みも知らずして、目の前にいる天使達は俺を崇拝する目で見てくる。
あぁ、どうかそんな目で俺を見ないで欲しい。俺はそんな大層な存在じゃないんだ。
崇拝するならチェルバをおすすめするぞ、と内心思いながらも、目の前の天使に偽りの仮面がバレないように表情を意識する。
「ゼウト様、先日申し上げました天界についてのことですが」
「あぁ、天界を統べる長を決めて欲しいと申していたな、汝は」
「覚えていただき、光栄でございます」
いや、大事なことだから覚えていて当たり前だろう。
何の事だととぼけられたらふざけるなと思うだろうお前も!
思わず表情が崩れそうになったが、手に持つ扇で口元を隠したお陰か天使に不思議がられることはなかったよくやった俺!
「天界の長については汝らで決めるがいいと、以前言ったであろう」
「ですがそれでは…」
「これは"主神"としての命だ。汝らが決めろ」
「了解いたしました」
正直なところ、天界の長を決めろだなんて面倒なことをしたくない。
お前らの世界はお前らで取り仕切れ、俺が天界の行く末を決めてどうする。
しかしまぁ、長を決めろと言われてもすぐ決められないよな…。
「そうだ、武術大会や学術大会等の祭典を開き、そのトップだったものを長にするというのはどうだ。なかなか楽しそうではないか」
「承知いたしました、素晴らしい考慮に感謝いたします。我らが主よ」
おうふ、と開いた口から音が漏れそうになったが、扇でそれを誤魔化す。
「失礼致しました」
そういって天使は消えた。いやはや、なぜ天使達があんなに俺を持ち上げているのかがわからん。
誰もいなくなったことを確認すると、思わず大きなため息がでる。
「辛い…」
少なくとも天使や人間達の前で、あの演技をし続けなくてはいけないことがしんどい。
演技なんてしなくてもよいのでは、という記録神の言葉を思い出すが、こんなだらけた主神なんて嫌だろうが。
だらだらして何もしないでいるのに命令だけはするってどれだけ嫌な神なんだ。呆れてものが言えないわ。馬鹿野郎。
思ってないことをいうのはしんどいものだ。
というか最初の方は崇め奉り跪くがよいとか言ってそれをそのまま実行するなんて思っていなかった。ふざけるんじゃねぇぞこのクソ神がと言われるなと思っていたらまさかの実行。
やめてください罪悪感で死んでしまいます。
うぉぉ…と一人神域でうなっていると、誰もいなかった神域に別の生命が現れた。
「全く一人でなにをしている、兄者」
頭にある耳を揺らして、黒い札で隠されていない金色の瞳が俺を射抜く。
さわさわと、生えている九つの尻尾の魅了に負けないようにしていたからか、手に力が籠る。
「…チェルバ」
「相変わらずだな、お主は」
「チェルバァァァァァ!!!!!!!」
「なんじゃ騒々しい!!!」
ツンデレさんか!お前は!
思わぬ来客に思わずテンションが上がってしまい感情のままにチェルバを抱きしめようとしたがよけられてしまった。お兄ちゃんは悲しいぞ。
しかし、一瞬だけ見えた黄金の光を放つ兄弟の証が目に入った途端、その悲しみはどこかへ吹き飛んでしまった。
「いやまさかもう二度とここにはこないであろう弟が、俺の神域に現れるから…。まさかお前、また下界でなにかあったのか!?いじめられたのか!?だったら俺がしかるべき罰を与えるぞ!」
「まて早まるな兄者。別に我はいじめられてもいない。むしろ人間が神をいじめている方が色々と問題があるぞ」
「それもそうか」
「変わらずで安心したぞ」
「俺もだ」
おもわず笑みがこぼれる。
チェルバは人間に好意的だ。
他の神、特にディスティアやデザイアといった神々はこれでもかと毛嫌いしているようだが、チェルバは全く逆だった。
なぜそれほど愛せるのだろうか、人間を。
そう思うほど、彼は人間を愛していた。
どれだけ自分が恐ろしい存在だと思われようとも、化物として討伐されそうになっても、彼は人間を見捨てることはなかった。
なんと強い神なのだろうか、弟は。
「少し顔が見たかっただけだからな、もう我は往く」
「早いな」
「なにか話がしたいわけではなかったからな。…すこし、故郷が懐かしくなっただけだ」
「故郷、か」
「ではな」
といって弟は嵐のように去っていった。想像以上の早さ。お兄ちゃんびっくり。
なんであんなに早いんだお前と思っていたが、尋常な早さには他にも理由があったことを、この時の俺は知るよしも無かった。
—————。
「まさかアイツが早く帰ったのはこれが理由か—————!!!」
拝啓、下界で沢山の生命を無駄にしている人間達へ
なぜこうも飽きず生贄を送ってくる。
命は大切にしろとあれほど伝えたよな俺は。
こうも自分が一つ一つ丁寧に創った命をすぐに無駄にされると、腹が立つ。
これからお前らの命を創るときは手抜きしてやろうか!くそっ!
せめて生贄として送るならもう死にそうなじいさんばあさんにしてくれ。
どうしてこう、まだ幼い子供ばかり、特に女の子ばかり送ってくるんだお前ら!!!
なんだ神様は全員ロリコンだとでもいうのか!!熟女趣味の神だっているだろう!知らないけど!
とりあえず、こうも毎日生贄を送られると辛い。
たまに送られてきた子で「久しぶり」といわれた時は戦慄した。
お前ちょっと前に下界に向かった子だったよね!?雲の上でどの両親のところで生まれるか会話したよね!?なんですぐ戻ってきて再会を果たしたおかしいだろ。
とりあえず、ツッコミどころは多いが、とにかくだ。
これ以上生贄を送ってくるのはやめてくれ。どうしろというんだ。
今度はちゃんと、全うな人生を歩ませてやってください。 敬具
さて、俺の目の前には生贄として送られてきた少女がいた。
まだ成長途中で未熟であろうその体は、たった一枚の白い布で纏われていた。
ちらちらと、なにも履いていないことを示すかのように、太ももを見せられても困る。
まさかこれは色仕掛けではと思ったが、これで興奮する人間達の気持ちがよく分からなかった。
「貴様、贄か」
とりあえず、先ほどから泣いている少女を放置するのはよくない。
先ほどの叫びを無かったことにして、少女の目の前へ歩む。
それを見て少女は小さな悲鳴を上げたが、まぁ、見知らぬでかい人間が近付いてきたら誰でも怖がるだろう。
俺の身長がやけに高いのは、大きい方が威厳があるのではないかと思って身長を大きくしたことが原因だが、東京ドーム何個分!といった程の大きさになっては色々と大変なので人間サイズで大きいと分類されるであろう190cm代にしてみた。
効果は絶大だ!
というナレーションが欲しいところだが、今では2mの人間がいると聞いてそのうち3mも現れるのではとヒヤヒヤしている。
「生きて故郷に帰りたいか?」
少女は頷く。その目には強い決意が現れていた。
「————よい目をしておる。よいぞ、汝にチャンスをやろう」
「ちゃんす?」
「機会を与えるということだ。…あぁ、汝はそれすらも分からないほど幼子だったな」
本当、なんで生贄として来た子はこうも幼い未熟な命が多いのか。
せめて老いて死んで欲しい。俺が与えた時間の全てを使って欲しい。
その願いを、聞き届けてはくれまいか。
「我を楽しませてみよ、それができれば貴様の勝ちだ。すぐにでも下界に返してやろう」
「わかった!」
たとえ生命を司る神だとしても、決められた定には従わなければ。
命尽きたものに、再び生を与えるな。
少女は幼くして、贄として殺されたのだ。
もう彼女の命は、存在していない。
命が存在していないということは、死を意味する。
絶対である死、それは、俺にも抗えない。
だが、新しい命を与えることはできる。
記憶も体も何もかもが、消えてなくなり、別の命として、新しい命を。
彼女を新しい生命として、再び現界へ送る。
帰すことは出来ないが、返すことは出来る。
そんな俺の巧みを知らずに、無垢な少女は俺を楽しませようと頑張ってくれた。
————————。
少女は新しい生命となり、新たな両親の元へと向かった。
生贄となって神域に来た生命は全てこうやって対処している。
別に伴侶が欲しいわけでも、性具が欲しいわけでも、駒が欲しいわけでもない。
糧にするわけでもあるまいに。
俺はそういった趣味はない。
今度こそ、誰もいなくなった神域。
俺は集中するために、一つ大きく呼吸をする。
取り込んだ空気が体内を循環する。
胸が膨らみ、そして縮む。
手の平を差し出し、そこに意識を集中する。
そこに、ある書を呼び出すために。
俺の手の平に突如光が、風が発生する。
丸い光が四角形に変形し、風はそれを伝えるように大きくなっていく。
そして光が本となり、風は止む。
何度も使い古したかのように表紙が汚れ、ふちがぼろぼろになっているその本は、俺の愛読書だ。
その名も「偉い人の態度」。
ちなみに、作者はこの俺自身だったりする。
内容はもちろん、主神らしく振る舞うための極秘技。
そして、この偉い人のモデルである記録神のアドバイス付き。
俺は誰もいない時を見計らい、この本を熟読している。
主神らしく振る舞わなければ、皆を失望させてしまう。
それだけは、絶対に嫌だったから。
「我と対峙して、無事で済むと思うなよ?下郎が」
「…この台詞、なんか凄いかっこいい感じするけど使いどころないな…」
「よい、特に許すぞ」
「おお、なんか上から目線っぽい」
以前は弟たちと相談しながらやっていたが、最近は忙しいのか、チェルバもグレジアも、めっきり会いにこなくなってしまった。
寂しい、とは思うけれど仕方のないことだ。
たまにさっきのように、会いにきてくれるのならいいじゃないか。
チェルバも元気そうでなによりだったし、グレジアは…。
と、内心でグレジアの名前が出た途端、ふと不安がよぎる。
「最近、グレジアの様子が妙なのは心配だな」
グレジアは飄々としており、自由気ままで自分勝手な弟だ。
そのせいか、いつも心配の種はグレジアになる。
チェルバは大丈夫だろう。しかし問題はグレジアだ。
なぜか最近、やけに大人しいというか、前から子供のような一面があったがさらに幼くなったような、とにかく形容出来ない違和感があるのだ。気のせいなのかもしれないが、妙に違和感があるのだ。
よからぬ変なことを企んでいないといいが。
「大丈夫なのだろうか」
お兄ちゃんは心配です。
ー case1. 主神ゼウト 完 ー