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story
———とある天使のお話をしよう。
一つの、哀れで惨めで愚かで傲慢だった、天使の話をしよう。
青緑色と金色のオッドアイを歪ませて、それは笑った。
体を包み込めるほど長く、絹のような輝きを放つ白髪を揺らして、それは笑った。
その笑顔は無邪気であった。
楽しいお話を親に語る子供のように、新しく会得した知識や技術を見せびらかす子供のように。
ただ、笑っていた。
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僕はどうやら、元々人間だったようです。
父様によって造られた唯一の天使、それがどうやら僕を示す代名詞のようです。
そう語る幼き童子の背中に生えた白い翼は、彼が人ならざるものであり、天使であることを主張していた。
透明で純粋な水のような水色の髪はサラサラと風に流れ、
オッドアイの瞳を輝かせる童子。
彼の名前はルシファー。
創造主によって生み出された唯一の天使であり、
その体は、人間の死体から造られたものだった。
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神はどうやって生命を作っているか知ってる?
突然の問い。
交接なんて面倒なことはしないよ。
くすくすと、笑う。
神力とそれを宿す依り代があれば、神は造れるから。
笑いながら腕を切る。
その切り口からは、なにも現れない。
ただ、そこには闇があった。
真っ暗な、真っ黒な闇。
ピンク色をした軟体があるわけでもなく、緑色をした管があるわけでもなく、白い固体があるわけでもなく、赤黒い液体が現れるわけでもなく。
ただそこには、闇があった。
こうして切り取った腕にちょいと力を加えればほら完成。
赤ん坊のできあがり。
片腕だけだったはずの存在は、腕を切り落とした光景など嘘だと否定するように、両腕で赤子を抱える。
おぎゃあ、おぎゃあと産声を上げるそれ。
赤子を支えていた両腕が突如消える。
瞬き一つ、一瞬で、その赤子は見るも無惨な、人の尊厳を全て踏みつぶされたように、ぐちゃぐちゃになった。
ぐずぐずになったそれを、踏みつぶす。
なぜ、どうして。
思わず口を開いた。
なんで怒っているの?
不要なものは捨てるんでしょ?
絶句。
何も言えなかった。
呆れてし湧き上がる激情を抑えてしまったのか、突如自身から怒りという感情が消える。
こんな、こんな人に。
童子であったルシファーは、先ほどまで存在していた命のために泣いた。
対する相手は、血にまみれた己の足を一度も見る事は無かった。
泣きもしなかった。笑いもしなかった。怒りもしなかった。悲しみもしなかった。
ただ、どうでもいいというように。
ただ、また創ればいいというように。
それは泣いているルシファーを、ただ見つめてこういった。
「うるさいなぁ」
「弟はまた創って上げるからさ」
「黙れ」
気づけば、ルシファーは咳き込んでいた。
不足していた空気を体に取り込もうと急ぐが、咳が止まいためか上手く呼吸が出来なかった。
ふと首に違和感を感じる。
彼が首周りを見ると、そこには赤い痣が、まるで首を掴んでいるかのような赤い跡が、浮かび上がっていた。
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ルシファーという少年は、一度も愛されたことはなかった。
彼は端正な顔立ちに、美しく大きな翼を持っていた。
しかし、その美貌を褒めるものは誰もいなかった。
そこには、彼と、彼を作り出した父親しかいなかったから。
ルシファーは自身の髪を弄りながら、隣で下界を見下ろす父を見た。
父は退屈そうに、床に写る、生に満ちあふれた世界を傍観していた。
「退屈だなぁ」
そういうと父は写りこむ世界に指を突っ込む。
父の指から波紋が生まれ、世界は歪んでいく。
世界から指を離すと、その世界は膨張して破裂して、赤く染まって消えた。
「ルシファーもやる?」
笑顔で笑う父。
父が触れていた場所は何事も、なにもなかったように、無だった。
なにも存在しなかった。
そこに映り込んでいた世界は、消えた。
あっけなく終わった世界。
父は、何の罪もない世界を、まるで蟻を踏みつぶすかのように、滅ぼした。
それが先ほど起きた出来事。
あの一瞬で、父は己が生み出した世界を滅ぼしたのだ。
恐ろしかった。
目の前にいるのが、とても恐ろしく感じた。
震えるルシファーに、父は笑う。
「怖いなんて、子供だなぁ」
「だからお前は役立たずなんだよ」
そう言い放つ父に、ルシファーはただ、ごめんなさいと謝った。
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一度でいいから、父に愛されたい。
それが、幼いルシファーの願望だった。
子が親を求めると同じく、ルシファーも父を求めた。
愛して欲しい。抱きしめて欲しい。頭を撫でて欲しい。
留まることをしらない願望は、ルシファーの体を支配する。
だからルシファーは努力した。
父に愛されるような息子になりたくて。
父に求められるようになりたくて。
ルシファーは父を追いかけた。
置いて行かれても走った。
酷い事をされても泣かなかった。
褒められたくて、撫でられたくて。
ルシファーは自分を殺した。
父にいらないと言われた自分は、不要だから。
いらないものは殺される。
あの時、目の前で散った弟。
弟の産声が今でも消えない。
ルシファーは、背中に生える翼で自己を隠して泣いた。
泣き叫びたい気持ちでいっぱいだったが、そうすればまた父は。
首が疼く。
あの時の痣はもう引いていたが、締められる感触だけは今でも残っていた。
まるで呪いのように、それはずっと、違和感を発していた。
声を押し殺すように、ルシファーは泣いた。
ただ、泣いていた。
愛を求めて泣く、子供のように。
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創造主はルシファーを愛してはいなかった。
いくら口先で「愛してる」と言っていても、それが嘘であるのは幼いルシファーでも理解できた。
彼は笑っていても、本心から笑っていない。
ただ、笑顔を浮かべているだけだ。
そこに気持ちは存在しない。
「お前が壊れても、壊されても安心してね」
「代わりはいくらでもいるから」
そういって、幼いルシファーを生と死の狭間まで連れて行く父。
笑って、ルシファーを殺しかける父。
ルシファーはこんな父でも、愛されたいと願った。
一度でいいから、優しく抱きしめて、偽りの無い言葉で、「愛してる」と言って欲しい。
ただ、それだけでいいから。
そんな幼いルシファーの願いは、生涯叶うことはなかった。
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ルシファーと同じ天使という存在が生まれた。
しかしそれらはまがい物で、人間達が作り出した人形、創造主から奇跡を受けた人形が真似事として作り出したものだ。
「天使達って凄いよねぇ」
「…」
どうして俺よりも劣った天使のことを褒めるんだ。
褒めるなら、俺を褒めてよ。父さん。
あれより俺の方が優れているから。
あれより俺の方が強いから。
俺は神よりも上に存在するんだから。
神なんて、ただの出来損ないだから。
それの下に付く天使なんて、ただのゴミだよ。
褒めるところなんて何一つない。
だから俺の方が、俺の方が。
…どうして褒めてくれないの。父さん。
そんな小さな嫉妬から始まった、天使に対する見下したような態度はいつしか彼の癖になってしまった。
気づけばルシファーは「傲慢」と呼ばれるようになっていた。
最初はその美貌に惚れて付き纏う雌豚がいたが、時間が経つにつれていなくなった。
別に嬉しくともなんともなかった。
美しい羽を褒めるのも、美しい顔を褒めるのも、なにもかも全て、自分の為だ。
父さんと一緒で、あれはただの、建前でしかない。
それに、俺は父さんに創られた唯一の天使なんだ。
あの木偶人形たちとは違って父さんに創られたんだ。
そう、俺は父さんの、
息子だ、と続いていた思考が止まる。
本当に、そうなのだろうか。
小さな疑問は、やがて大きな台風となって、ルシファーの心を荒らした。
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父を求める子供。
それがルシファーを表す別の代名詞であった。
ルシファーはずっと求めていた。
父の愛情を。
だからこそ、彼は。
長年言えなかった願望を口にしたのだろう。
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「どうして俺を愛してくれないの」
ルシファーはそう口を開いた。
今までずっと言ってこなかった疑問。
父は確かに自分を「愛する息子」と言ってくれるがそれは嘘でしかない。
きっと俺をそういってくれるのは、父と呼ばれる存在は息子という自分の遺伝子を持つ子供を愛するものだと知識で知っているからなのだろう。おそらくは、退屈潰しの一環だ。父はそういう性格だ。
彼の我慢はもう限界だった。
知りたいという好奇心は、彼を突き動かす。
そうして得たものは、
「…どうして君を愛さなくてはいけないんだい?」
————鋭利な言葉だった。
「君を愛して、それで何になるの」
「そもそもどうして愛されることにこだわるの」
「愛されることを求めるのはどうして」
「くだらない」
「君はただのおもちゃの一つにすぎないんだから、そんなこと求めて何の意味があるの」
「いらないよ」
「君はただの暇つぶしのおもちゃなんだから、なにも考えなくていいんだよ」
「ただ、私の退屈を殺してくれればいい」
「そこに愛は必要ないだろう?」
どうして、俺はこんな奴に創られてしまったのだろうか。
彼の小さな願い事は、音を立てて崩れ落ちていった。
そしてその代わりというように、
彼は父、創造主を憎むようになっていった。
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白かった翼はいまや漆黒に染まり、
柔らかな目つきはこの世を怨む囚人のように鋭くなり、
父を驚かせようと勉強してきた魔法は、今や父を殺すための手段となった。
殺してやる。
それだけが、今のルシファーの全てだった。
愛は憎しみへと代わり、その激情はルシファーを支配する。
絶対に殺してやる。
だから、目の前でへらへらと笑う、父を見て、
ルシファーの感情が爆発する。
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憎くて憎くて憎くて憎くて。
殺してやりたくて。
その体をぐちゃぐちゃにして。
臓物も何もかもをぐずぐずにして。
お前の死体を踏みつぶしてやりたくて。
ルシファーの怒りは収まらず、先ほどまで生きていた、父だったものを踏んで、潰して、蹂躙して。
そうすれば、この憤怒も収まるのだろうか。
こうすれば、今までの苦しみから解放されるのだろうか。
楽に、なれるのだろうか。
抑えきれない激情が、己の殺意を増幅させる。
殺してやる殺してやる殺してやる絶対にぶち殺してやる跡形もなくぶち殺してやる絶対に絶対に絶対にだ!!!!!!
ルシファーは溢れんばかりの殺意を父へと向ける。
対する父は、相変わらず笑っていた。
へらへらと、薄ら笑いを浮かべていた。
「殺してやる!!!!!」
ルシファーは己の魔力で発動させた風魔法で、創造主を微塵に刻み込んだ。
そこに、赤色は無かった。
そこに、悲鳴は無かった。
そこに、死体はあった。
こうしてルシファーの復讐は終わりを告げた。
なんと、あっけない。
なんと、つまらない。
そんな復讐だった。
ただ残っていたのは、転がる創造主だったなにか。
そして、切り刻まれながら父が紡いだ言葉だった。
「つまらない」
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ルシファーは父を殺した。
殺したと、言えるのだろうか。
抵抗を何一つせず、ただ風に切られた父。
無惨に殺せば救われると思った。
残虐に殺せば楽になれると思った。
しかし、首のうずきは止まらず。
しかし、己の内なる恐怖は止まらず。
「ああああああああああああああ———————————ッ!!!!!!!」
ルシファーは黒く染まった翼をはためかせ、現界の人間、天使、悪魔もなにもかもを無差別に、残虐に、圧倒的な力を持って蹂躙した。
己の体をいくら赤く染めようと、どれだけ殺しても、足りなかった。
埋まらなかった。
彼の心は、ずっとずっと、幼少期から変わらなかった。
愛して欲しい。
抱きしめて欲しい。
撫でて欲しい。
手をつないで欲しい。
一緒にご飯を食べたい。
一緒に遊びたい。
ねぇ、どうして。
どうして父は、
「あいしてくれないんだ」
だから憎んだ。愛してくれない貴方を怨んだ。
だから殺した。殺せば楽になると思ったから。
目の前に広がる地獄絵図に見向きもしないでルシファーはただ、目の前の肉を刻む。
八つ当たり、といえば可愛いものかもしれないが、行っていることはただの殺戮行為だ。
ぐちゃりと潰れる音がする。
ルシファーはただ、それを混ぜる。
こびりつくような腐った悪臭。
赤いなにかが蠢く。
まだ生きていたいのだろうか。
だが、そうやってあがいていても。
「むだなんだとさ」
あの時言われた台詞。
無駄だよね、そういって目を細める父。
なんて憎たらしい!!!
ルシファーがその地獄から抜け出そうと空へ飛ぼうとすると、背後から猛烈な恐怖を感じた。
その恐怖は、酷く慣れ親しんだもので。
でもその恐怖は、無くなったはずで。
あの時、確かに四肢を、胴体を、頭をバラバラに切り裂いたのに。
生きているわけが、ないのに。
どうして、
「そう、君がやってることは全てが無駄なんだよ」
場違いな声が、その地獄に響く。
無数に転がる屍に興味がないのか、声の持ち主はその骸達を踏みつけてルシファーの元へ向かう。
靴音の代わりに鳴り響く悪音と、口笛が重なって気持ちが悪い。
「なんで」
思わず力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまう。
震えが止まらない。こわい。こわい。たすけて。こわい。
しにたくない。
「ルシファー」
「なぜ生きているゥ!!!!創造主ゥ!!!!!」
彼の体は殺す前となにも変わらず、腕や足を失ったわけでも、傷跡があるわけでも、服がぼろぼろになっているわけでもなかった。あの時殺した前と、なにも変わらなかった。
まるで、「お前の復讐は無駄だった」と言いたげに、それは笑った。
無駄。
無駄だった。
無駄だったんだ。
全部。
目の前の存在に、自分の今までを否定され、ルシファーはもう、限界だった。
涙すらも出てこない。
何も言葉が出てこない。
果てしない絶望。
「あはは」
目の前の存在は、呆然と間抜け面を晒しているルシファーを見て笑った。
楽しそうに、笑った。
『黎明の子、明けの明星よ、あなたは天から落ちてしまった。もろもろの国を倒した者よ、あなたは切られて地に倒れてしまった。———(旧約聖書 イザヤ書 第14章12節より)』
end
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彼はその後、天使達に書に封印された。
封印されたルシファーが、とある青年に解放されるまで。
彼はずっと、書の中で一人眠っていた。