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第一話 「幼女とじじいの愉快な日常」
幼女とじじいと
愉快なロリコン達
突然だが僕にはとてもかわいいひ孫がいる。
その子の名前は千世。僕はちーやんと呼んで可愛がっている。
彼女はまだ小学生になったばかりで、舌足らずなしゃべり方が愛らしい。
外見もふっくらとしてやわらかい頬、僕よりも何倍も小さな手、瞳はくりくりとしていて可愛い。肌は陶器のように滑らかで…ちーやんについて語りだしたら僕は止まらないし止められない。
なぜならちーやんの愛らしさを語ろうとすると何冊もの分厚い辞書が出来るくらいだからだ。
しかし僕は語彙力がないので、ちーやんの可愛らしさを素晴らしい言葉に出来ないのが悔しい。
一言でいえば、天使。
この世に舞い降りた天使。それがちーやんだ。
今までこの気持ちを誰かに教えようとしても最後まではきちんと聞いてくれなかったのが苦い思い出だったりする。
さて、そんな愛らしいちーやんはご近所では有名である。
田舎で人が少ないのもあるのかもしれないが、誰もが知っている。
なぜ知っているのかというと、それには二つの理由がある。
まず一つは、彼女の愛らしさ故に人を引きつけるからだ。
明るく元気で優しい、非の打ち所がないような性格の彼女は、皆から愛されている。
そのことについては大変嬉しいことである。
地元の人から愛されているというのは嬉しいことだ。だがそれは、彼らを除いた場合である。
彼らとは僕の敵である『ロリコン』達である。
そして彼らは、地元ではとても有名人だ。
ある人は出現率がツチノコ並みである住人。
いわゆる引きこもりであり、彼の姿を見た事があるのはほんの一部しかいない。
彼の姿を見る事ができると、その日は幸せになれるらしいと有名だ。
ある人は全国で有名なゲーマー。
化物じみた動きをしており、ゲーム機にある最高記録は殆ど彼が叩き出した点数であり、全国の猛者達が彼の記録を塗り替えようと努力している。
ある人は絶世の美女。
まるで人形のような顔立ちの女性で、スタイルも抜群なハイスペック人間だ。
しかし言動が最悪であり、外見の良さをぶちこわすほどの奇人っぷりで近所では有名だ。
ある人は不良として名高い男子高校生。
隣町に住んでいる彼だが、この町の高校に通う学生の間で有名だ。
圧倒的な暴力、一度も喧嘩に負けた事がないというその彼は「破壊神」と呼ばれ恐れられている。
ある人はいつも傘をさしている男子高校生。
彼は晴れの日も風の日もどんな日であろうと傘をさしている。といっても、彼が有名なのは傘を万年しているからではなく、様々な場所でアルバイトをしているからだ。ある日は宅配員、またある日は清掃員。色々なバイトをしてきた彼はご近所で「便利屋」として有名だ。
そして彼はあの破壊神とも友人関係であるらしい。まぁ、これはあくまでも噂だが。
ある人は大金持ちの男性。
町に存在する超豪華な豪邸に住んでおり、その好青年っぷりで奥様方からは大人気だ。
まぁ、彼の本性を知っている僕からしてみれば、あれを好青年とは呼べない。というか呼んではいけない。皆騙されているんだ早く目を覚ませ。
そう、ちーやんがご近所で有名だという二つ目の理由は、この有名人達に溺愛されているからだ。
ただでさえ目立つ人達であり、そしてその彼らから溺愛されるちーやんは話題の宝庫だ。
そんなこんなで、ちーやんは町で有名な美少女なのだ。
近所の人達は彼らに対して好印象を抱いている。
あの人は親切で優しいねだの、あの人は怖いけどとても優しい子なんだねだの、皆はそういって彼らを評価している。
しかし僕にとってこのロリコン共はちーやんのことを変な目で見ていて、ちーやんに手を出そうとしている犯罪者達にしか見えない。
いや、現実には犯罪予備軍だが。
このことを彼らに言うと「犯罪者予備軍じゃない!!ただ純粋に幼女を愛しているだけだ!!」というが、悪いが僕にとってはただの犯罪者予備軍にしか見えない。
なんていったって、ちーやんに手を出そうとしているのだから。
ちーやんのことを、変な目で見ているのだから。
というか、一人完全に犯罪を犯している奴がいた。
許せん、絶対に許せん。
ちーやんが可愛いのは知っている。
ちーやんが天使なのも知っている。
しかし手を出そうとしているのは許せん。
手なんて出してないというが、いつか手をだすに決まっている。
だって彼らはロリコンなのだから。
それほど僕はロリコンを敵視している。
まぁそれは僕の知り合い…いや某人物といった方がいいか。お金持ちと紹介したあの男性。アイツが重度のロリコンで、しかもちーやんに手を出してきたからこんなにロリコンに敏感になっているだけなのかもしれない。
まぁ、世間からしてみればロリコンよりも僕の体質の方が問題なんだろうけど。
…話が脱線してしまったね。
そうだ、僕の名前をまだ名乗っていなかったね。
では、遅くなってしまったが僕の自己紹介といこう。
僕の名前は及川、どうか及川さんと呼んでくれ。
下の名前?それは秘密だ。
さて、長話はここまでにしてにして、さっそく僕たちの日常について、お話ししよう。
***
ちーやんの一日は僕の挨拶から始まる。布団の中でぬくぬくと暖をとっていたちーやんだが、僕の声と同時にその天国から抜け出す。そのとき、ぷはぁと大きな声をあげて布団から出てくるちーやんは激烈に可愛い。何度も言おう、くそ可愛い。
「ちーやん、朝だよ。」
「おいちゃんおはようございますっ!」
ちーやんは明るく大きな声で返事をする。背後に花が咲き誇っているように見えた。天使か。
幼稚園で大きな挨拶をしましょうと教えてもらったこと実践しているだなんてなんて偉いんだ…を頭の中で思っていたが、千世は布団から抜け出し服を着ていた。今までは一人で着ることが出来なかったことを考えると、成長したなぁと僕はついつい微笑んでしまう。
さぁ、ちーやんも起こしたことだし朝食を作らないと。
僕は台所にいって目玉焼きを作る。
あまり料理はできないからちゃんとしたものは作れないが、簡単なものなら出来るはず。
フライパンから脂が跳ねる音がする。
卵は二つ。二人分。
出来上がった目玉焼きを皿の上にのせて、ウインナーなどものせていつもの朝食の準備が出来る。
僕はその皿を持ってちーやんの元へ行く。
着替え終わったちーやんが大きなあくびを一つしてから食卓につく。
自分よりも大きい椅子に座り、僕が皿を自分の目の前に出すまで大人しく待ってくれた。
「はいどうぞ、ちーやん」
「いただきまぁす!」
可愛らしい声でそういうと、ちーやんは美味しそうに目玉焼きを食べ始める。
これが、僕とちーやんの朝の光景である。
***
ちーやんは最近小学生になったばかりだ。
馴れない学校で大変じゃないか、いじめられてないか、毎日つまらなくないかなど、僕は不安でいっぱいだ。
しかし、帰ってきたちーやんの顔が明るいことから、そういうことはないのだろうと安心はしている。
学校での性格に問題はない。問題があるはロリコン達だ。
あいつらは隙を見てちーやんとの接触を試みる。ちょっとでも目を離せば拉致される。実際にされた。
ちーやんが魅力的だというのはとてもよくわかるが、だからといって手を出していい理由にはならない。
そんな不安に耐えきれなくなった僕は、ちーやんをずっと見守ることにした。
学校の中には入ることができないので学校から一番近い建物で双眼鏡を使ってちーやんを見守っている。決してストーカーではない。ストーカーはあいつらで十分だ。というか僕はちーやんのことを思ってやっているわけであって私欲に塗れたあいつらと一緒にしないでいただきたい。
…いけないいけない。つい熱くなってしまった。
とにかく、僕はあのロリコン達からちーやんを守るために日々こうやってちーやんを見守っているのだ。
着替え中の時は見守ることはしないのでそこは安心していただきたい。そのあたりはちゃんと気をつけている。
***
「おいちゃん、どうしたの?」
目の前にいる天使が首を傾げる。とても可愛い。可愛い。
「ごめんね、ちょっとぼんやりしていたみたいだ」
「ふぅん」
ちーやんは口に目玉焼きを含む。美味しそうに笑う顔を見て、僕は天に召されそうになった。
ちーやんの笑顔は素敵だ。
見るだけで心が癒される。見るだけで心が穏やかになる。見るだけで心が癒される。
さすが僕のちーやん。今日も可愛い。
「おいちゃん、いつもおいしいあさごはんありがとう!」
そういってちーやんの朝食は終わる。笑って僕の顔を見つめてくれるちーやん。
いつもちーやんはこの言葉を言ってくれる。その一言で僕がどれほど救われているか、ちーやんは知らないのだろうな。知らなくていいことだけど。
ふと時計を見ると、そろそろちーやんが学校へ行く時間だった。
ちーやんは急いで少し大きい赤色のランドセルを背負い、玄関へと走る。
「じゃあおいちゃん、いってきます!」
ランドセルにつけた防犯用ブザーの鎖が小さな音を立てた。
僕はちーやんが学校の友達と歩いていくのを確認して、いつもの見守りセットを持ってちーやんの後ろをついていく。ちーやんに僕がいることを知られないように、サングラスとマスクのセットを顔に装着する。
帽子も忘れてはいけない。部屋にある帽子を被り、鏡の前に立つ。
「よし、これで完璧だ!」
この時、僕は忘れていたのだ。
今の格好が、完全に不審者と完全一致していることに。
***
「おはよう!」
「おはよう、千世ちゃん」
元気な声が聞こえる。僕の視界にはちーやんと、隣に住む青年、山田さん。
山田さんはとてもいい人だ。あのロリコン共とは違う。
彼は近所では有名人で、色々な人から信頼されている。
誰よりもこの町を愛しているし、そして誰よりも、この町に愛されている。
山田さんはロリコンかもしれないが、少なくとも僕の知ってるロリコン達とは違う。
いい人なのだ。あの人は。
今日の山田さんのTシャツには、「ぱいなぽー」と大きな字が描かれていた。
いつも変なTシャツを着ている。それが彼の特徴でもある。
そんな彼、山田さんとちーやんは楽しそうに会話を交わしている。はっきりいうと混ざりたい。
電信柱を掴みながら、二人の様子を見守る。
ちーやんからは見えない位置に立っているからきっとばれていない。
ただなんか、ちらちらと山田さんの視線を感じる気がするが。
まさか不審者と勘違いされているのでは、いや、まさかそれはない。
マスクとサングラスに帽子、黒一色では怪しさ満載なので黒以外で統一している。
これなら怪しまれない。完璧だ。
そんなことを考えているうちに、ちーやんたちは学校の中に入っていく。
正門の前で陣取っていてはちーやんを見守ることができないので、僕は学校の近くに存在するビルディングの屋上へと登っていく。
このビルは10階建てで、高いところからちーやんの通う小学校を見る事ができる。
ちなみに、この建物の存在を知ったのはつい最近だ。
この穴場スポットはきっと僕しか知らない。
いや、奴らが知ってたら即廣瀬さんのところに連行するが。
駆け足でエレベーターへと向かう。
一刻も早く、ちーやんを見つけなければ。
短い距離なのに息が上がる。
身体が若い頃のままでも、どうやら体力は完全に失われているようだ。
ボタンを押し、エレベーターが来るのを待つ。
立ち止まった瞬間、激しい息切れが始まった。
肩を上下させ、膝に手をつき、ゆっくりと深呼吸をする。
エレベーターが到着したと同時に、僕の呼吸はだいぶ落ち着いたものになった。
ふと、前を見た。
するとそこには、
「……及川」
「なんでここにいるんだ…」
出現率はツチノコ並であるはずの、近所で有名な引きこもり。
その人___渡部がいた。
***
「なんでお前がここにいるんだ」
「…それはこちらの台詞。ここは僕の不可侵領域だ」
「知るか」
なんてことだ。噂をすれば影、ということか。
僕が敵視するロリコンの一人、渡部がここにいるとは。
というかこいつ引きこもりじゃないのか。ツチノコレベルで滅多に見ない奴だと近所で有名だぞ。何回も言うがこれは大事なことなのでもう一度言う。こいつ引きこもりです。
渡部は顔を歪ませ、ただこちらを睨む。
「…屋上に行きいたいのならそれは諦めろ。ここは僕の不可侵領域だ」
「二回も言わなくて結構だ。というかこのビルはお前のものじゃないだろう」
「このビルには誰にもいない。つまり誰のものでもない。ならここは僕のものだ」
「強引だな!?」
というか、こんな10階建てのビルは一体誰が建てたんだ。見るからに廃墟というわけでもないし、なかなかどうして、綺麗な内装だ。僕の記憶上このビルはちーやんが小学校に入学してから出来たと思う。僕が本当に若かった頃はこんなビルなんて建っていなかったはずだろうし。
ふと、嫌な予感がする。
「…お前、まさかここからちーやんの通う小学校がよく見えることを知って」
「愚問だな。知っているからこそ今こうやって屋上に向かおうとしていたところだからな」
「お前今上から来たよな」
「……エレベーターの仕組みがよくわからなかったんだ。とりあえず目の前にあるボタンを適当に押してたらこうなった」
「馬鹿かお前」
「うるさい」
「まさかエレベーター初めて乗ったとかそんなことは無いよな」
「…実物を見るのは初めてだ」
「どれだけ引きこもっていたんだお前は!」
思わず頭を抱える。ここまでとは思わなかった。
エレベーターを知らないとは…さすが引きこもりというべきか。
こいつは一体どんな生活を営んできたのか不思議に思っていたが、その渡部はというと僕の方を不思議そうに見ていた。
「ずっと気になってたんですけど、及川はなんでそんな格好…」
「…この格好か?それはもちろんちーや…千世ちゃんに見つからないよう顔を隠しただけだが」
「完全な変質者…いや、面白そうだから何も言わないでおこう…」
渡部が何か言っているようだが、ぼそぼそと呟いていたのでよく聞こえなかった。
***
「…最初の質問に戻るが、なんでお前ここにいるんだ」
「何度も言っているだろう。ここは僕の」
「お前と会話しても意味がないことが分かった」
「…不可侵領域でちーやんを見守るためにここにいる」
「おまわりさーん!」
アウト。完全にアウトだ。
渡部はこの穴場スポットでちーやんを監視もといストーキングするためにここに来たのだ。
これは連行しなくては。もちろん、警察署に。
「何を言ってるんだ、及川もここで千世ちゃん…もとい天使をストーキングするためにここに来たのだろ?」
「ストーキングじゃない。お前らロリコンから千世ちゃんを守るためにここに来た」
「僕はロリコンじゃない」
ちなみに、渡部は自分のことをロリコンではないと思っているらしい。
僕からしてみればロリコン確定なんだが。
「…いけない、こんなところで時間を食っている場合じゃない。はやく屋上に行って千世ちゃんを守らなければ!というわけで渡部、さっさと塒へ帰れ」
僕はエレベーターに乗って屋上へと向かう。
屋上へ向かうようにエレベーターの中にあるボタンのRを押す。
そして扉を閉める。
屋上へいく方法はこんなにも簡単だというのに、なぜ渡部は屋上にいけなかったんだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながらふと何も無いはずの空間を見つめる。
「…」
「…」
そう、エレベーターに乗っているのは僕一人だ。
だから、視界にある紫色は幻覚だ。そう幻覚。
一度目を閉じて、そしてまたその空間を見つめる。
否、そこに空間はなく、先ほどまで会話していた渡部がいた。
「…なんでいる、渡部」
「屋上に用があるからに決まっている。あと、及川を屋上から突き落とす為にな」
「それやったら殺人罪で捕まるからな。というか、なんで老人にそんな酷いことするのかなぁ。年金泥棒だからか。とっとと死ねってか」
「はやく死んでほしい」
「即答だな」
殺人罪、とはいっても未遂で終わるんだろうな。僕は死ぬ事ができないから。
ふと自分の手のひらを見つめる。
そこには、立派な肉付きの手が写っていた。
まだ若さを感じさせるその手を見て、僕はため息をつく。
しわしわで、血管が浮き出ていて、今にも死にそうな手。
普通、僕ぐらいの年齢だったらそういう手をしているはずだ。
現に、同級生たちは皆そういった手だ。
顔もしわしわで、シミが沢山あって、髪の毛も白くなっていて。
皆が老いていく中、俺は。
エレベーターが屋上に着いたことを知らせる。
ぼんやりとしながら僕は外へと出る。
それに続いて、渡部もエレベーターから出ていく。
着いた場所は、屋上___
ではなく、10階だった。
「は?」
「ん?」
エレベーターは役目を終えたのを告げるように下へと向かっていく。
ぼうぜんとしている僕と渡部を非情にも置いていった。
そしてそんな僕たちの目の前には。
「懲りずにまた来たの?渡部さんってばしつこいなぁ。しかもなんか面倒なジジィまで連れてきてるし」
「…なるほど、屋上に行けなかったのは僕のせいじゃなかったか。やっぱりね。そうだと思っていたんだ」
「いやそれ絶対に違う…」
つい渡部にツッコミをいれてしまったが、それよりも問題は僕たちを屋上へいかせまいとする奴だ。
そいつの正体は、中井。
近所どころか全国で有名なゲーマーだ。
ゲームのことについてはよくわからないが、とにかく凄い人らしい。
見た目はすごい馬鹿っぽいのにな。
「なんかとても失礼なこと言われた気がする」
「気のせいだ。にしても渡部以外にも、いたとはな…」
「そりゃあこの場所は一部ではとっても有名なんですから」
その一部って。まさか。
僕の予想に答えるかのように、先ほど下へ向かっていたエレベーターが戻ってきた。
その中に、見覚えのある二人組を連れて。
「えっ」
「あぁ?」
約一名すごい喧嘩売ってきてるがここではあえてスルーしよう。
長年生きている僕の心はとても広いんだ。そう、海のように。
「…竜ヶ崎君と守山君もここにくるとは」
「不審者がいると思ったら及川さんじゃないですか!まだ生きてたんですね!相変わらずお若い外見なことで!」
「第二声がそれかな。あと、君たちのような危険人物残して僕はまだ逝けないからね」
「あはは、危険人物なのは否定しません」
「でも二人、今日は学校じゃないのか?平日でしかも朝だけど」
「まぁ僕たちは不良だからね、学校なんてさぼりますよ」
「正確には、学校で殺人事件があったから今日学校休みになったんだけどな」
「は」
そこは誤魔化そうよ、という守山。
別に隠さなくていいだろ、という竜ヶ崎。
というか、殺人事件。
「殺人事件だなんて物騒なことが起きてたの?」
「そうみたいです。なんでも、異能力者がやったという噂付きです」
「…ッ!!」
異能力者、それは人ならざる力を持つ人々のこと。
この世界には、そういった人間が極僅かに存在している。
彼らが持つ圧倒的な力は、人々から恐れられている。
そのせいなのか、彼らは化物として人々から虐遇されている。
能力者と分かれば即殺される、それがこの世界の常識。
能力者は殺せ、能力者は化物、能力者は人間ではない。
それが世界の常識、異端者は即削除。
何度聞いても、この事実に嫌気がさす。
能力者といっても、ただの人間にすぎないのに。
「異能力者なんて、本当にいんのかって話だがな」
「殺人事件だなんておっかないですね〜」
「…大人しく家にいればいいのになんでここに来たんだよ」
「「いやそれ一番お前に言われたくない」」
約一名、この町に住んでいない竜ヶ崎はそのはもりっぷりを不思議に思っていた。
渡部は有名な引きこもり、この事実をまた再確認した。
「まぁでも、殺人事件があったというのに大人しく家にいられませんよ。だから、ここに来て千世ちゃんの安全を確認しようと思ったんですよ。ここは千世ちゃんを眺めるには最高の場所ですからね」
「あとでその発言について何時間か問いつめたいところだが、今はそんなことしている場合じゃないな…ちーやん!!」
僕は急いでエレベーターへと向かう。
焦っているからか、何度もボタンを連打してしまう。
もし、犯人が能力者を殺す『掃除屋』だとしたら。
そうなれば、ちーやんは___!!
「…ていうのは冗談なんですけどね」
「まんまと騙されてるぞあのジジィ」
「打ち合わせ通りすぎて笑えちゃう」
「…ずっと気になってんだがなんであのジジィは不審者スタイルでいるんだ?捕まりたいのか?」
「それ俺もすごい気になってた。なんか面白そうだからなにも言わないでいたけど」
「どうやら千世ちゃんに自分がストーキングしていることを知られないようにするためみたいだそうで」
「馬鹿だね」
「馬鹿だな」
「馬鹿だなぁ」
「事実馬鹿なんだろ、ジジィだから。…まぁ面白そうだからこのまま放置しておこう」
「「「賛成」」」
もちろん、焦っている僕にはそんな会話も聞こえるわけなく、ただ何度もボタンを連打し続ける。
守山君と竜ヶ崎君が話したことが嘘だと気づいたのは、エレベーターの中にいた美女の指摘だった。
***
「と、いうわけで来ちゃいました、てへ!」
「…なんかこの場所ロリコンホイホイしててとても面白いですね」
「面白くないわなに何事もなかったかのように振る舞ってんだよ僕普通に騙されてたよ!!」
時は少し前に遡る。
僕が焦ってボタンを連打していて、そして待望のエレベーターが来てその扉を開いた瞬間、
「やっと見つけたぞ問題児二人組ぃ!!高校の先生がすごい怒ってたよぉ!『何度も何度も無断欠席しやがって!』ってねぇ!ぷんぷんだったよぉ!『なにが殺人事件を防ぐために学校を休むんだ!』とも言ってたよぉ!嘘はよくないぞぉ少年達ぃ!そしてちょっっっと聞いてたけど及川さん騙されてるよぉ!その子達が言ってるのは全部嘘なんだよぉ!このお馬鹿さんめぇ!」
特徴的な喋り方をして現れたのは、この町一番の美女と謳われる女性、相馬だった。
相馬は、とりゃっ!と言いながらぽかんとほうけた顔をする僕の腹に一撃を喰らわせた。
これが先ほど起きた出来事。ちなみに、僕は殴られてから少しの間意識を失っていた。
「…にしてもなんだこのロリコン全員集合みたいな感じは」
「本当、面白いですよね」
「中井はなんでそんなに楽しそうなんだ…」
「僕も同じ気持ちですよ。まぁ、貴方達と一緒にされたくないですけど」
「俺はロリコンじゃねぇ」
「僕もロリコンじゃないです」
「まぁまぁいいじゃないですかぁ。…ところでどうして及川さ」
「あ、相馬さんちょっと黙ってください。面白そうなのでこのまま放置したいんです」
「なるほど了解したよぉ」
「何の事だよ」
なんだこの置いてけぼり感。別に寂しいなんて思ってない。思ってない。
「まぁ、ここで立ち話もなんですしぃ。早く千世ちゃんをお目にかかりたいですぅ。千世ちゃん以外にもあそこは可愛い可愛い小学生達が沢山いますからねぇ。ふふ、ふふふ…ふふ…」
「」
相馬は絶世の美女のはずなのに、中身が残念すぎた。
よだれをたらしながら、うっとりと恍惚の表情を浮かべる相馬は、はっきりといって変態だ。
中井も、うわぁとどこか遠目で相馬を見る。
渡部は、相変わらずだと小言を漏らす。
高校生組はそんなことも気にせずにエレベーターに乗り込もうとする。
「えっちょ、なに抜け駆けしてるの」
「え?抜け駆けもなにも、一刻も早く千世ちゃんを眺めようと思ってるだけですけど」
「お先にな」
にやりと笑う高校生組。その笑みが怖い。
抜け駆けさせまいと走る渡部だが、引きこもりだったからか、数センチのところで、床になにもないのに、転んだ。壮大に転んだ。
「わ、渡部!」
「渡部さん大丈夫ですか?壮大にぶっこけてますけど」
「…」
そんな渡部を気にもしないでエレベーターの扉を閉める守山。
心無しか、竜ヶ崎君がこちらを心配そうにして見ていたような気がしていた。
彼らはきっと、この中の誰よりも早く屋上にいって、ちーやんを見つめるのだろう。
させない。させたくない。でも。
その願いを笑うように、エレベーターは扉を閉じた。
そして、彼らは屋上に____
行かなかった。
否、行けなかった。
その事実を知らせたのは、
「あれ?」
という守山君の驚いた声だった。
***
「…なんで屋上にいかないのかな、このエレベーターは。その理由、多分中井さんなら分かるよね」
「まぁ細工したの俺だからね」
「やっぱりか」
「一体何やったんだテメェ」
「わぁ怖い怖い。俺喧嘩は苦手なんですよ…。ちゃんと説明しますから睨まないでください。…俺はこのエレベーターをいじって屋上に行けないようにしてたんだよ。てへ」
エレベーターをいじって、とは。
この疑問を抱いたのはおそらく僕以外にもいるはず。
ふと周りを見てみると、「やっぱりエレベーターが悪かったんだ」とぶつぶつ呟く渡部。
「中井さんすごいねぇ」と素直に讃える相馬。そうじゃないだろ。
「…てことは階段で屋上いくしかないってことか」
「そういうことになるね、全く老人には辛いことだ」
「何言ってるんですかぁ、及川さん若いのにぃ」
「いや僕れっきとしたジジィだから。見た目が若いだけだから」
そんなこんなで、僕を含めて渡部、中井、守山、竜ヶ崎、相馬の六人で仲良く階段を登って屋上に、
いくわけもなく。
「オラァそこ退けぇクソ共がぁ!!」
「喧嘩になったとたん口調荒くなったね竜ヶ崎君!!」
「悪いけど、僕急いでるからそこ通して貰ってもいいかな」
「断る、といったはずだ」
「渡部きゅん〜古い付き合いということでここは見逃してよぉ」
「嫌だ。というか、渡部きゅんと呼ばないで」
まぁこうなったわけだ。
ちなみに、ここからは醜いロリコン共の争いが始まるのでその部分は割愛させていただく。
ロリコン共の中に決して僕は含まれていないことをここで主張させてほしい。
***
「…ぜぇ、ぜぇ」
あのロリコン共との死闘の後、僕は息を荒くしながら階段を上がる。
息が上がっているのは、戦闘があって疲れているわけであって、決してこれからちーやんを目一杯満喫するんだと思い興奮しているわけではない。
屋上への扉が僕を出迎える。
あぁ、後少し、後少しでちーやんの姿が___!!
「やぁ及川さん。いい天気だね」
僕が見たのは、愛らしいちーやんの姿ではなく、優雅にお茶を飲みながらちーやんを眺めている祁答院だった。
***
祁答院、彼はこの町で大富豪として有名だ。
町一番の豪邸に住み、容姿端麗頭脳明晰、非の打ち所がない天才。
パーフェクトヒューマンとはこいつのことか、と言いたいレベルの人種だ。
ちなみに、ハイスペックというと守山君もだが、彼は守山君よりも完璧すぎる。
ここまでの説明でいくと、彼は素晴らしい人物だろう。
しかし、彼の本性はこんなものではない。
外道なのだ。ゲスなのだ。残虐なのだ。非人道的なのだ。
極悪人という代名詞が似合う男、それが祁答院だ。
そして彼は、ロリコン。
ちーやんを溺愛する一人であり、そしてなにより、
僕の体質を知る、唯一の人間。
***
「いやぁ、下では愉快なことが起きてたんだろうね。その状態だと」
「…なんでここにいるんだ外道院」
「外道院とは失礼だね、及川さん」
「いいから質問に答えろ」
「…まぁ、なんでいるかって聞かれたらもちろん、ここは俺が建てたビルだからね。むしろ俺がその質問する側だよ。まぁ理由は分かってるから聞かないし、基本ここは解放してるから何も言わないけど」
恐るべき外道院。金持ちめ羨ましい。
「ここの場所が空き地だったからさ、だったら千世ちゃんの通う小学校を眺めるための場所にしようかなって」
「うわぁ」
「出来上がってすぐに及川さんやあの人達にこの場所のことを知られたからね、ちょっと驚いたよ」
「お前から千世ちゃんを守るために影から見守っていたら見つけたんだよ」
「堂々とストーキングしてるっていう宣言したね、今。…そうかだからそんな格好してるのか。通報しとこ。…さて、僕はこれからここで優雅なティータイムと洒落込むけど、及川さんはどうするの?ここにいて千世ちゃんをストーキングするの?」
「人をストーカー扱いしないで欲しいんだが…、まぁ、もちろんここにいる。そしてお前が馬鹿なマネをするまえに廣瀬さんの元に突き出してやる」
「あはは、怖い怖い」
祁答院、もとい外道院の三つ編みが揺れる。深い赤色の髪は太陽の光を受けてキラキラと光っている。
思わずその光景に目を奪われそうになるが、僕は首を振って正気を戻す。
「まぁそんなに警戒しないでよ。もうあんなことはしないと思ってるから」
「今のところ、だろ…。僕はお前を許したつもりもないし、許さないからな」
「…そう、そうだろうね。あぁそうだ、君はさっき俺を廣瀬さんに突き出してやるっていったけど、突き出されるのは俺じゃなくて、君だよ?」
「は?」
外道院が笑う。そう、楽しそうに笑う。
なにが楽しいんだか。僕は全く彼という存在を理解できない。
緑色に輝く瞳を歪ませて、外道院は笑った。
そしてこう告げる。
僕ではなく、手に持った携帯電話に向けて。
「あ、もしもし?お巡りさんですか?藤岡小学校の近くでうろうろしてる不審者がいるんですけど」
ん?
「すぐ来てください、今すぐに」
んん??
携帯を切る外道院、嫌な予感がする。
そして彼は、僕の目の前に鏡を突きつけ、そしてこういった。
「今の君の格好が、完璧な不審者スタイルだってこと、気づいてなかっただろう?」
彼はにっこりと、僕に向けて笑う。
僕は、鏡を見て、そして思った。
「不審者は、僕の方だったか」
その後、外道院が告げた通り、廣瀬さんに突き出されたのは外道院ではなく、僕自身だった。
***
目の前に座っているのは、頬に傷を持つ男。
頬の傷は、犯罪者を捕らえた時に付けた傷だの、強くなるための修行で付けた傷だの、熊と戦った時に付けた傷と言われているが、どれも違う。
正解は、元妻との喧嘩で付けた傷だ。
これを聞いた時、僕は絶句した。
奥さん怖い、と。
「…聞いてるか及川さん。千世ちゃんのことが心配なのはよーーーーく分かるが、行き過ぎた行動は身を滅ぼすぞ」
「いつもいつもすみません___廣瀬さん」
男の名前は廣瀬。この町で一番強いと言われる警察官だ。
喧嘩っ早く、自分勝手で、よく部下を困らせているらしい。
しかし、その部下からは慕われている。何故か。
それは廣瀬という男の人柄による。
強くて、かっこよくて、男前で、頼れる存在で、皆の兄貴的存在。
子供達からは慕われており、よく公園で一緒に遊んでいる姿を見かける。
「一応、あのビルに集まってたロリコン共は全員一発殴っておいたからな」
「相変わらずの仕事の速さに僕びっくりです」
「…うちの娘も、千世ちゃんと同じぐらいだからな。あいつらの毒牙にやられないかいつもヒヤヒヤしてる」
「わかります」
「まぁ、次はもっと身なりも気にした方がいいぜ、及川さん。貴方よりもずっと下の俺がいうのもなんですが、人生はまだあるんだから」
「…はは、そうですね」
目の前にあるお茶を一口飲み、僕は立ち上がる。
「じゃあ、僕帰ります。千世ちゃんが待ってますから」
「おうよ。次からはあの不審者スタイルやめておけよー」
ははは、と豪快に笑いながら僕を見送る廣瀬さん。
辺りはすっかり、薄暗くなっていた。
***
「おかえり!おいちゃん!」
天使がいる…玄関に天使が…。
「ち、ちーやん!!ただいま!!」
思わず抱きしめてしまったが、ちーやんはくすぐったいよぉといって笑っていた。破壊力が大きすぎて辛い。
今日は色々と散々な目に遭った。特に外道院、次遭った時覚えていろ。
ちーやんの頭を撫でながらそんなことを思う。
ふわふわとした、柔らかい髪の毛。
ほのかに甘い匂いがする。
このままずっとちーやんのことを抱いていたいが、そういうわけにもいかない。
「ちーやんお腹空いただろう?おいちゃんがちーやんの好物沢山作ってあげるからね」
「わぁい!ありがとうおいちゃん!すき!」
すき。
ちーやんが、僕のことを、すきといった。
すき、すき、すき、すき、すき。
「〜〜〜〜ッ!ちーやん、おいちゃんもちーやんのこと好きだよ!」
「きゃー!」
笑顔で可愛いらしい声をあげるちーやん、天使。
そんなこんなで、ちーやんと僕の日常はこうやって過ぎていく。
***
ちーやんは天使だ。
この世に舞い降りた天使。それがちーやん。ちーやんイズ天使。
僕の可愛い可愛いひ孫は、多くの人を引きつける素敵な魅力がある。
それは廣瀬さんだったり、山田さんだったり。
そして、引きつけられるのはなにも普通の人だけじゃない。
ロリコンもだ。
引きこもり人間、渡部。
ゲーマー人間、中井。
ハイスペック高校生、守山君。
不良高校生、竜ヶ崎君。
絶世の美女、相馬。
外道中の外道、祁答院。
彼らはちーやんを狙っている。もちろん、理由は単純明快。
奴らは、ロリータコンプレックスを抱いている。
幼女・少女への性的嗜好や恋愛感情のことを、ロリータコンプレックスという。
そんな感情を抱く彼らは、ロリコン。
まさに、この四文字がふさわしい。
そんな彼らから、ちーやんを守っていく。
この日常は、きっとこれからも、ずっと続いていくのだろう。
***
これは、一人の男の物語。
新しく作り出された世界での、第一の物語。
この世界が息づく始まりを綴る物語。
かつての世界とは異なる世界観。
さぁ、この世界は一体、どのような終焉を迎えるのだろうね。
カーテンコールは告げた。
幼女とじじいと愉快なロリコン達、その物語の始まりを。
第一話 完